色覚について

 

 しらね眼科 院長 白根雅子

1 はじめに
2 歴 史
3 色覚異常の特性
4 学校検診での色覚検査
5 治療について
6 色覚バリアフリー
7 おわりに
8 色覚カウンセリングについて

 

 

1 はじめに

 

学校保健法により、小学校4年生と中学校3年生で施行が義務付けられていた色覚検査が、平成15年に検診の 必須項目から外され、校長の判断による任意の検査となりました。その後、文部科学省から「色覚に不安を覚える児童生徒に対しては、適切な対応ができる体制を整える」よう通達がありましたが、検診が義務でなくなったことにより、色覚に異常がある児童生徒が自らの色覚特性を理解することなく成人になってゆき、将来不利益を被ることが危惧されています。
この事柄について、平成20年に新潟県で開催された第39回全国学校保健・学校医大会にて報告され、色覚異常をもつ子どもたちが周囲に理解される機会を失っている現状が浮き彫りになりました。
この機会が、学校の先生方や保護者の方々に、色覚異常をもつ児童生徒への理解を深めていただける一助となりましたら幸いです。

 

 

2 歴史

 

色覚異常に関する最初の科学的論文は、18世紀に科学者ダルトンにより著されました。
自身が色覚異常であった彼は、自分と友人の見え方の違いに興味をもち、
・虹・花の色がどのように見えるか
・家族性の発生が多い
・経時的な症状の変化がない
・視力は正常
・自分の色覚異常に気付かない人が多い
・女子に少ない
など色覚異常の特性をほぼ完全記述しており、彼が優れた科学者であった事を証明しています。遺言に従って死後に眼球が解剖されましたが異常は検出されず、1995年に保存された組織の視色素遺伝子の検索により第2色覚異常であった事が判明しました。
色覚異常の職業的規制は、鉄道・海上の安全運行のために19世紀のヨーロッパで始まり、日本では1909年に陸軍が将校に色覚異常を不採用としたことが最初です。
1916年には石原忍が仮性同色表(後の石原式色盲表)を作成し、Test for Color Blindnessとして世界的に使用されるようになりました。そして、1920年に義務教育中の色覚検査が開始され、第一次世界大戦には、航空機の発達から空港灯火の視認に関して色覚異常の規制が始まりました。
現在は国際民間航空機関が操縦士の色覚の基準を定めていますが、航空関係以外の職業分野ではハンディキャップをもつ人々への職業門戸開放の潮流の下に、色覚異常の職業制限も見直され、基準の設定は特に色識別を必要とする職種に限られるようになりました。

 

 

3 色覚異常の特性

 

色覚異常は、伴性劣性遺伝による特性で、本邦では男性の20人に1人、女性の500人に1人の割合でみられます。赤視色素と緑視色素にかかわるDNAがX染色体上に独立して乗って遺伝するため、両親の保有遺伝子の状態によって表現形式は様々です。このように、色覚異常というと一般的に先天性色覚異常を指し、多くは赤緑色覚異常です。
色覚をつかさどる視細胞は錐体細胞といい、黄斑部に分布して、主として赤、緑、青の3種類の波長特性を持つ視物質を発現して色を識別します(図1)。すべての色は、赤、緑、青の光の3原色の組み合わせから成り、錐体細胞の視物質と呼応しています。色覚の異常は3種類の視細胞のどれかが十分機能しないために起こります(図2)。また、錐体細胞は視認識に充分な光量を必要とするので暗所では色の識別感度がさらに低くなる特徴があります。
色の誤認が起こりやすい場面は日常の事項の中にたくさんあり(図3)、色覚にハンディがある人々は思わぬ苦労をされています。
大きな色の間違いを起こすのは主に強度の色覚異常ですが、軽度の色覚異常であっても正常者に比べると色の見分けは困難です。たとえば、ランタンテストという信号色(赤、黄、緑)の光を見て色名を答える検査では色覚異常者の90%以上が完答できません。信号色の順番を変えると判断が難しくなるという場合もあり、何事もなく運転しているようでも、実は信号や周囲の状況などを正常者よりもはるかに注意深く判断しているのです。また、仕事の現場では、製品の色分けなども時間がかかり、大きな損害につながる間違いを起こすこともあります。ですから、職業運転手や色を扱う事の多い職業に就くのはなるべく避けた方が本人のためでしょう。ある程度の社会的制限は、本人を不利益から守るために必要と思われます。

 

 

4 学校健診での色覚検査

 

前述のように、色覚異常はごくありふれたものですが、「色盲」という言葉で表現されてきた歴史が多くの誤解を生み、それがもとで「色覚異常」という事実すら消し去ろうとする人たちが現れるようになりました。そういう社会的背景要因もあって、平成15年に学校健診での色覚検査項目が削除されたわけです。それにより、色覚異常をもつ児童生徒やその保護者、教育に関わる人々が子供たちの色覚特性を把握して将来の準備をする機会が減少してしまいました。
幼い児童は、自らの色覚特性を劣等感抜きに意識することは難しく、子供たちがそれぞれの能力をすこやかに伸ばしてゆくためには周囲の大人の庇護が必要です。学校健診で色覚検査を施行する意義は大きく、検査後に眼科学校医によるカウンセリングを行うことも重要です(表1)。現制度の下では学校長、養護教員、学校医が協力して正しい知識のもとに児童生徒を導く努力が求められています(表2)。
眼科では、学校で行う石原表を用いた検査に加えて、パネルD-15という検査法などにより異常の程度も把握して、個々の状況に応じたアドバイスを提供するように努めております。

 

 

5 治療について

 

色覚異常の治療は、現在の科学技術では理論的に生殖細胞の遺伝子を操作することしか根治的治療はありませんが、、古くから色覚異常の特性につけ込み、異常がトレーニングで治るかのような広報をして利益を貪る輩がいます。一見有効そうに見える手口なので、多くの人が引っ掛かりますが、やがて無効と分かって消え、しばらくするとその記憶がうすらぎ同様の手口が出現し「色盲治療」」の出没の歴史が繰り返されています。
また、色覚異常の人でも色が見えやすくなり検査にかからないと言って、高価なフィルターなどの器具を売る商売もありますが、これらは先天的感覚異常の弱みにつけ込んだ卑怯千万なものであります。
そのような被害に遭わないためにも、本人と周りの人々にはぜひ正しい知識を習得していただきたいものです。

 

 

6 色覚バリアフリー

 

色覚異常の方は、各分野で普通の人々と同じ能力をもちながら、誤った理解により過度の劣等感を持ち悲観的になっている事がよくあります。また、色の認識ができると思っているのに色覚異常と診断される不満を抱えている場合もあります。
このような例には男性の5%という多数の色覚異常者が普通に社会生活を営んでいること、自分の色覚特性を理解して失敗を回避する工夫をし、職業適性を考えれば、失敗やハンディは少ないことを知ってもらうことが大切です。
一方、社会の側からは、色覚異常がハンディとならないような環境を整備することが必要です。信号に代表される生活の中の色表示は、色覚正常者にとっては快適に作られていますが、それによって困る人がいるのであれば対策が必要でしょう。例えば、視覚障害者のための点字ブロックでや音の出る信号があるように、文字や形を組み合わせた表示を併用して色に頼らなくても物事が判断できるように社会はバリアフリーであるべきではないでしょうか。
学校現場でも、教材や教室にコントラストの配慮や色以外の情報を提供することがバリアフリーにつながっていきます(図4)。

 

 

 

7 おわりに

 

医療の現場にも色覚にハンディがあると困る事例があります。例えば、非常時に使用されるトリアージ・タッグ(図5)は黒、赤、黄、緑色の順番の配色になっており、色覚バリアフリーの観点からは問題があります。皆様に色覚異常の特性と現在の社会的背景を知っていただき、日常の場で色覚異常に基づく誤解の発生を防ぎ、潤滑なコミュニケーションに役立てていただけましたら幸いです。

 

 

8 色覚カウンセリングについて

 

当院では色覚カウンセリングを行っております。
カウンセリングは予約制となっておりますので、詳しくはお電話でお問い合わせください。